「よーし、お主ら、どこからでもかかってくるがよい!」
「えーい」
「とりゃあー」あおい荘の庭で、西村がみぞれとしずくを相手に、忍者ごっこをしていた。
みぞれとしずくが、西村に教わったように葉っぱをちぎり、それを手裏剣代わりに西村に投げる。
「ふはははははっ。やい子供忍者よ、そんなものではわしは倒せんぞ。くノ一、この子供忍者共に、本物の忍者の厳しさを教えてやるのじゃ」
「あ、あの西村さん、それってひょっとして、私のことなんですか」
「なーにをやっとるかくノ一、さっさとするんじゃ」
「ひゃっ! 西村さん、お尻を叩かないでくださいです。ええいっ!」
あおいが葉っぱを投げる。しかし二人のところまでは届かない。
「ふーむ……これはやつら、風の忍術を使うようじゃな……よーし、ならばわしが相手してやろうぞ」
そう言って、芝生の草を適当にちぎり手に持った。
「むんっ!」
掛け声と共に構える。
「子供忍者よ! わしの技、受けれるものなら受けてみよ!」
西村の言葉に、みぞれとしずくも構えて応じる。両手を広げ、西村の方へと向ける。
「……」
西村が目をつむって耳を澄ませる。そして風の気配を感じたその瞬間、上空めがけて草を投げた。
西村の動きに合わせ、みぞれとしずくが「やあーっ!」と掛け声を上げ、両手を突き出した。「す……すごいです……」
西村の投げた草が、風に乗って上空を舞った。それはみぞれとしずくからすれば、自分たちの技で風を起こしたように見えた。
「やったー」
「やったー」二人が手を叩いて喜ぶ。西村は二人の前に跪き、悔しそうにつぶやいた。
「くっ……ここまで風を自在に操るとは……わしの負けじゃ…&he
「うーん、いい天気ねー」 海に向かい、明日香が大きく伸びをした。「明日香さん、ほんとにここでよかったの?」「いいの。あたしが好きな場所って言ったら、この海なんだから」 * * * 冬馬が帰った翌日。 明日香がつぐみたちに呼ばれ、何やら話をしていた。 部屋の掃除を終えた直希が戻ってくると、つぐみたちが不自然な笑顔を浮かべて待っていた。「なんだなんだ、みんな揃って悪い顔して。何かたくらんでるのかな」「いえいえ直希さん、何もたくらんでなんかいませんです」「あおいちゃん……その言い方、たくらんでますって言ってるようなものだからね」「ええっ? そうなんですか? 私、そんなに嘘、下手ですか」「うふふふっ、ちょっとあおいは黙ってようか」「……つぐみさん、ほっぺ痛い、痛いです……」「こらこらつぐみ、正直者のあおいちゃんに何してんだよ」「あおいにはこれぐらいで丁度いいのよ。この子の馬鹿正直さ、いつかトラブルになるんだから」「無茶苦茶な……それで? 何の悪だくみなんだ、つぐみ」「え? な、何言ってるのよ。わ、悪だくみなんて、してる訳ないでしょ」「……お前も嘘、大概だよな……じゃあ菜乃花ちゃん、菜乃花ちゃんは教えてくれるよね」 そう言った直希に、菜乃花は頬を赤らめてうつむいた。「あ、あのその……な、なんでも……ないですよ……」「まあまあダーリン、どうだっていいじゃん。それよりさ、つぐみんから買い物、頼まれたんだよね。悪いんだけどダーリン、付き合ってくれないかな」「買い物? ええ、それはいいんですけど……みぞれち
「先ほどはすまなかったね」 池の前の喫煙所で、直希と冬馬が肩を並べて煙草を吸っていた。 正確に言えばもう一人、直希の祖父、栄太郎も立っていた。 * * *「新藤直希くん。君の気持ちは理解した。娘の気持ちもね……それでだ。どうだろう、少し二人で話がしたいのだが」 明日香が落ち着いたタイミングで、冬馬がそう切り出した。「分かりました。冬馬さんはお煙草、吸われますか? よければ庭で話しましょう」 そう言って直希が、冬馬を連れて玄関へと向かった。その時生田が、「直希くん。私も付き合わせてもらえるかね」 そう言った。しかしそこに、栄太郎が割って入った。「いや、生田さん。直希は私の孫だ。私に任せてくれんかね」「新藤さん……いや、あんたが出たら、それこそ駄目だろう」「大丈夫だよ。私もいい歳なんだ。若い頃のような無茶はしないさ」「あなたが出ていくとなると、冬馬という男が……心配なんだが」「無茶はせんから安心してくれ。あんたなら分かるだろ」「あおい荘で傷害事件、なんてことには……ならないとは思うが、くれぐれも自重してくださいよ」「ああ、分かってる」 栄太郎がそう言って微笑み、二人の後に続く。 その後姿を見つめながらため息をつく生田に、あおいと菜乃花が尋ねた。「あの、その……栄太郎さん、大丈夫なんでしょうか」「ああ、菜乃花くん……いや、どちらかと言うと、明日香くんの親父さんの方が心配なんだが」「生田さん生田さん、それってどういうことですか」「あ、いや……」「二人共、栄太郎おじさんなら大丈夫よ」「つぐみさん? どうして分かるんですか」「栄太郎おじさん
アイスを食べ終わったみぞれとしずくは、満足した様子で食堂内を走り回っていた。「新藤……直希くん」「はい」「君は、その……娘と一緒になる男なのだと聞いている。みぞれとしずくの父親になると」「ええええええっ? 直希さん、そうなんですか?」「あおい、あなた、ちょっとこっちに来なさい!」 つぐみがカウンターからあおいを呼ぶ。「でもでもつぐみさん。つぐみさんは知ってましたですか」「だーかーらー。あなたが口を挟むとややこしくなるから、ちょっとこっちに来てなさいってば」「は、はいです……では直希さん、冬馬さん、ちょっと失礼しますです」「は、ははっ……」「それで……どうなのかね」「答える前に、冬馬さんにお尋ねしたいことがあります」「ほう……私に問うか……よかろう、言ってみるがいい」「明日香さんの新しい伴侶……それを決めるのは明日香さんであり、みぞれちゃんしずくちゃんだと思います。どうして冬馬さんが遠路はるばる、そのことを確かめる、ただそれだけの為に来られたのですか」「君はまだ若い。親になったこともないから、そんなことが言えるのだろう。可愛い娘と孫の人生がかかっているのだ。親として、見届けるのは当然の義務なのだよ」「……俺が冬馬さんの見立てに叶わなかった場合、どうなるんですか」「当然、明日香との結婚は認めん。そもそも明日香は、私の家業を継ぐ大切な一人娘だったのだ。それをこの馬鹿者は聞きもせず、不知火にたぶらかされて、勝手に家を出たのだ」「亮平のこと、知ったように言わないでよ!」「お前は黙っていろ!」 冬馬の重い一喝が、食堂に響き渡った。「あの男に騙されていなければ、お前は
「新藤くん……だったね。いつも娘が世話になっている」 あおい荘の食堂。 明日香の父、冬馬義之〈とうま・よしゆき〉がそう言って、あおいの出した麦茶をひと口飲んだ。「はい、新藤直希です。遠路はるばるお越しいただき、恐縮です」「ふむ……中々に礼儀正しい若者のようだ。明日香には少し不釣り合いなぐらいにね。ただ、新藤くん……その、孫たちを人質にするのはいかがなものかと思うぞ……いい加減離したまえ!」 直希の膝の上に座っている、みぞれとしずくが気になって仕方ない冬馬が、声を荒げてそう言った。「えええええっ? いやいや冬馬さん、それは流石に言いがかりかと」「じいじ、怒っちゃだめー」「だめー」 みぞれとしずくが、冬馬を睨んでそう言った。「み……みぞれ、しずく……お前たちに会うのを、どれだけ楽しみにしてたと思っておるのだ……さあ、みぞれ、しずく。こっちにおいで。おいしいお菓子、買ってきたぞ」「いやー。じいじきらーい」「きらーい」「あ……あははははっ……」 * * * 明日香があおい荘に住むようになって、三日目の昼下がり。 あおい荘の前に、黒塗りの車が二台、音もたてずに止まった。 中から現れたのは、残暑厳しいにも関わらず、黒のスーツを身にまとった、サングラスをかけた男たち。そして男たちがドアを開けて頭を下げると、恰幅のいい大男が現れた。立派な髭を蓄えた、和服姿のその男は杖を地面に突き立て、あおい荘を見上げた。 黒服たちが玄関に入ると、その出で立ちにつぐみと菜乃花は怯え、慌てて直希を呼んだ。「はいはい、どちら様ですか」 風呂掃除の途中、首にタオルをかけて現れた直希。それが明日香の父
「やーだー、パパと寝るのー」「寝るのー」 明日香たちの為に用意した部屋で、立ち去ろうとした直希の足に、みぞれとしずくがしがみついた。「ごめんね、みぞれちゃんしずくちゃん。俺もすぐそこの部屋だから。それにママも一緒だろ?」「やーだー、パパとー」「パパとー」「参ったな、こりゃ……」 今にも泣き出しそうな二人に、直希がため息をついた。「分かった、今日だけだよ? 今日だけ一緒に寝てあげるね」「やったー、パパ好きー」「好きー」「じゃあみぞれちゃんしずくちゃん、お布団に入って」「はーい」「はーい」 二人が並んで布団に入ると、直希は笑って二人の頭を撫でた。「ごめんねダーリン。無理言っちゃって」「明日香さん、それ全然悪く思ってない顔だから。それにほら、腕に胸、当てないで」「もぉ、ダーリンったら釣れないんだから。まあいいわ、夜は長いんだし、いつでも既成事実、作るチャンスはあるんだからね」「小声で言っても聞こえてますからね、悪だくみ」 みぞれたちの布団に入り、頭を優しく撫でる。 そうしている内に、お泊まりに興奮して疲れたのか、みぞれとしずくは可愛い寝息をたてだした。「疲れてたんだね、二人共」「ごめんね、迷惑かけちゃって」「いいですよ、これぐらい。それに今日、二人の面倒を見てくれたのは、西村さんとあおいちゃんですし」「それもなんだけど……いつもなの、いつも。ダーリンには本当、感謝してるんだから」「感謝の言葉と一緒に体を触るの、やめてくれませんかね」「いいじゃんこれぐらい。夫婦のちょっとしたコミュニケーションじゃない」「ほんと、勘弁してくださいって。つぐみたちを説得するだけでも、大変だったんだから」 * * * 直希と同じ部屋で寝ると明日
「それで? 明日香さん、ちゃんと説明してもらえるんでしょうね」 食堂のテーブルで、明日香を囲んでの尋問が始まった。「あはははっ……しっかし今日も暑かったよね」「誤魔化さないで。明日香さん、まずストーカーについての話、聞かせてもらえるかしら」「はい明日香さん、冷たい麦茶持ってきましたです」「ありがとう、アオちゃん。アオちゃんはほんと、いい子だよねー」「悪い子で悪かったわね」「ええっと、ですね明日香さん。俺もその……ストーカーのことはちょっと気になるので、出来れば情報は欲しいかなって」「情報も何もないわよ。だってストーカーなんていないんだから。そうよね、明日香さん」「ええっ? 明日香さん、それ本当なの?」「直希は人を信用しすぎなのよ。生田さんを見てたら分かるでしょ、普通」「生田さんの反応から、何かあるとは思ったんだけど、まさか出鱈目だったとは……」「そうなんですか、つぐみさん」「あおいまで……生田さん、明日香さんの嘘に気付いてたわよ。でも何か事情があるって思ったから、黙っててくれたのよ」「そう……なんですね。生田さん、やっぱり優しい……」「そうよね、明日香さん」「あ、あはははははっ」 明日香の苦笑いに、直希はほっとした表情を浮かべた。「そうか、嘘なのか……よかった……」 安堵のため息をつく直希の横顔に、明日香は思わず見惚れてしまった。「やだ……男前……」「……明日香さん?」「ダーリーン! 愛してるー!」「どわっ! ちょ、ちょっと明日香さん、抱き着かないで抱き着かないで」